画像認識と単純X線写真

母親に付き添って、呼吸器科の外来に行ったことがある。治療を要するような病変は見つからなかったものの、正常像に比べて白い濃い線がたくさんみえていた。また、右肺の下のほうに丸く抜けた黒い箇所があった。気管支の肥厚とブラフの所見である。医者にはたばこを吸っているのか、家族にすっている人はいるのかと聞かれた。たばこを吸っていると、たばこは有毒物質の固まりなので気管支は炎症を起こし、肥厚して白い線として現れる。また、肺胞も弱くなり、一部が風船のように膨らんでしまったりする。これがブラフといわれ、輪郭がはっきりした黒く丸い箇所がみえるようになる。
しかし身近にはたばこを吸う人はいないので、どうもこれは大気汚染のせいらしい。母親は幹線道路に近い地域で自転車で外回りをしているので、かなり排気ガスを吸っているはずなのだ。
呼吸器科では、何かと胸部単純X線写真を取る。肺は空気をふんだんに含みほとんどすかすかだから、放射線の透過率が高い。このため、少ない放射線量で比較的鮮明な像を得ることができる。
多くの病変は放射線の透過率を変化させるから、単純X線写真の像には病状が反映される。単純X線写真はネガポジで、放射線を吸収した箇所は白くなり、吸収せずにそのまま通った箇所は黒くなる。炎症を起こして水分量が多くなったり、腫瘍ができて空気を含まない箇所ができたり、肺胞に空気が入らなくなったりすると、その部分は放射線を通しにくくなり、白くなる。逆に組織が壊れてすかすかになったり、肺に穴があいて空気がもれると、その部分の空気の率が多くなるから、
黒くなる。
胸部X線写真は診断的価値が非常に高いのだが、読みとりが難しいのが難点だ。三次元である肉体を写真という二次元に落として眺めるから、前にあるもの後ろにあるものが重なってしまうし、形もゆがむ。像も鮮明ではない。異常所見を見つけるのはそう簡単ではなく、かなりの修行がいる。おそらく、日々たくさんの医者がさまざまな所見を見逃しているのだろう。単純X線よりは見やすいCTですら、見逃しは多い*1
理想の技術として、熟練放射線科医の技量を備えたコンピュータソフトウェアとかできたら、うれしいだろうとは思う。まぁそこまでいかなくとも、異常っぽいところに色をつけるとか、その程度の処理でもいい。異常所見を見逃すことが多いので。どうにも判断できない場合は放射科医に相談する、とかでもいいと思う*2
しかし、画像認識はコンピュータが苦手とする領域である。人間が簡単になしうることであっても、コンピュータには難物であったりする。まして人間にとって習得に時間がかかるなら、コンピュータにはむちゃくちゃに難しいだろう。一方で、コンピュータなら人間には読みとりが難しいような特徴を捉え診断に生かせるかもしれない、という望みもある。
画像処理・画像認識技術の発展は、医者にとって正確な診断を行うという面でうれしいのはもちろん、患者が自分の症状を納得するのにもすごく役立つ。病気の原理は完全にはわからないにしても、自分の体内を見せられて、ここがこうなっているんですというのはすごくインパクトがあるし、医療の知識があまりない人にも納得してもらいやすい。自分の病気が腑に落ちれば、治療への取り組み方も違ってくる。
医療関連の画像処理・画像認識技術には、まだまだフロンティアが転がっているんじゃないかと思う。医療はこれからも金が投入されることが必須の業界なので、この畑の研究者の方々にはぜひがんばってもらえるとうれしいなぁ。

胸部X線診断に自信がつく本 (「ジェネラリスト・マスターズ」シリーズ 1)

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*1:放射線科の先生が言っていた。さらに、CTは被曝量が単純X線写真の100倍程度あるのに、乱発されがちだとも。まぁ、そのおかげで癌が早期発見されているという面があるとは思うけど、被曝を考えずに乱発するのは問題ですよね

*2:個人的には放射科医はもっと必要だと思う。画像を正確に読むにはどうしても枚数をこなす必要があるから、負担を考えるとすべての医者にマスターせよというのは難しいだろう。正確な診断を行うためにプロがもっと必要だ。